社会変革の担い手を考える(再びシニア層の話)

>この、シニア層が明らかに『社会的発言』や趣味と言うには本格的な歴史研究や事実追及(主に技術や科学の領域)に入っています。

この視点・・・他の方からも過去の投稿でシニア層という事で何度か登場してきていますが、やはり「社会改革活動の主体はどこか」を考えた時に、外して議論することのできない層であることを私も実感しております。

 先日とある○サイトの主催者の方と面会していろんな話をしたのですが、その方は現在70歳で社長の職を数年前に退き、今は会長職で現業からは退いておられます。その意味ではまさに有閑層の範疇にはいるのかもしれません。
現在、執筆活動や講演活動、出版活動、読書、考古学の研究等おおよそ営利活動とは程遠いところでエネルギッシュに活躍されています。有閑層でありながらほとんど暇のない生活をされています。そして、その方はご自分で興された塾で同じような高齢者の方でかつての学者、弁護士、社長等、社会的に地位もあり活躍をされてすでにリタイヤされている(現役の方もいらっしゃいますが)方を中心にインターネットを使って全国に150人に及ぶ頭脳集団のネットワークを持っておられます。まさに事実追求の探求のための緩やかな層として集合しつつあるのです。

その方と話して感じたのですが、知的好奇心と追求力、そしてしがらみにとらわれない自由な発想と行動力・・・それらを持ち合わせて生き生きされているのです。それらの活力を70歳にして維持しておられるのです。

と同時に働き盛りの30代から50代の層に社会改革の活動の担い手が期待できない理由はそこら辺にあるのかもしれません。

もちろん投稿されているように有閑層の中にもいろんな層がいて社会変革活動と有閑層が直結するという論法は乱暴です。しかし私も現役を退いた経験が豊かでや学識のある知的好奇心に溢れたシニア層には例え一握りとは云え、その方々に大きな期待を持つのです。

そして同様に生き生きしているもう一つの層としては、既婚女性、又は否婚女性でしょう。この事はかなり以前の投稿で議論されましたが。

そう考えると私権社会の既成フレームから意識として解放された層が社会変革の担い手としては相応しいといえるのではないでしょうか。



>もう1つの領域である、若者・学生についての分析を是してください。

これもシニア同様に一くくりにしてしまう論法は危険です。今は少数ですが、期待できる層が必ずいるはずです。そこの議論はまさに現役の若者に委ねたいと思います。



田野健

小地域福祉

>しかし、地域コミュニティを再生させようとの取り組みが各地で試みられています。今のところ、その担い手は退職者の方や主婦層が中心のようですが、この活動が根付き拡がっていけば、「見えない障壁」も徐々にでしょうが取り払われると思います。

上記の部分で私にも意見があります。
今、小学校や中学校の空き教室の数が増えていっています。
知らないうちに非行少年少女たちのスペースとなっている場合もわずかではありますがあります。
じゃあ、どうしたらいいのか?
空き教室をその地域に住んでいる老壮年・主婦の方々を対象にして、公開講座生涯学習を行えばいいと思います。
そうすることによって、児童や生徒の「顔」をおぼえ、また大人は児童や生徒の「顔」をおぼえることができ、地元で悪さをしている非行少年少女たちに対して、学校での交流のなかで、「叱る」ことができるように思います。また、障害をもった児童や生徒のインテグレーション(合同教育)を行う学校側の「ゆとり」もできてくると思います。
教室を開放することによって得られるメリットは他にも不登校の子どもを少なくできる可能性もありますし、実際に経験している大人たちの「社会とは、社会に出るということは」などの話しや実践を見てもらえるようになると思います。今まであった教師の負担も、社会人も仲間に引き入れることによって共同体ができ、少しは楽になって、本業の教育に力をいれられるようになるし、力を入れなければ淘汰されると思います。学校ごとの小さな地域社会・地域教育もこの共同体で可能かと思いますがいかがでしょう。



恩田真人

快適な寝たきり生活って?

若者の投稿を読んで、感じたことを・・。

福祉に興味を持ち「福祉の街づくり」をテーマに一生懸命勉強をし、そして、いざ現実の福祉を目の当たりにした時のその失望感。「偽善」でしかない現実。なんだか年長者としてとっても責任を感じてしまいました。

この年齢になってくると、周りにも脳梗塞で半身不随になってしまった人やパーキンソン病にかかって闘病生活をおくっている人も増えてきます。みな、倒れるまではバリバリ働いていた大人達。それなりの豊かな生活を送っているのです。
でも、障害者手帳を獲得すると、様々な物的援助があるので、せっかくもらえるんだからといって、家を改築して広いベッドルームに市より支給されたベッドを置き、快適な我が家での寝たきり生活。
そして、どこでも駐車できる証明書を支給されるので、駐車違反で罰せられる事は無い。どこに行くにも車で気楽に行けるものだから、旅行に食事にと結構豊かな暮らしを送っています。それは、本人の希望2割・家族の希望8割との事です。そして、驚いたことにそれを家族皆が利用しているようです。はっきりとは仰いませんでしたが・・・
それを聞いたとき、「なんか変だな?」と、思いました。

ここでのべられているように、「福祉」は、実生活においては全くの「物理的援助による市場拡大」に過ぎないものになってしまっているという現実。

本来「福祉」って人を生き生きさせるものではないのでしょうか?
快適な「寝たきり生活」って、どうなんでしょうか?




松本妙子
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