50過ぎての手習い?

母が、先日からインターネットを始めています。
父に教えてもらっているらしく、「お父さんの教え方が厳しいです」と冗談めかしたメールが届く。

専業主婦の母にとって、ネットの世界はあまりにも広く、だからこそ未知なる期待に胸が高鳴っているらしい。とても楽しそう。
ついこの間までの母は、子育ても終わり役割を失ってしまったために、父に「かまってくれない」と、鬱憤をまき散らしていた。

そんな二人が、同じPCをのぞき込んで、なんだかんだとやりあっているのを見るのはとても微笑ましい。

また、メル友もまだいない二人から、練習がてらのメールが私宛にしょっちゅう届く。そこで、今まで気づかなかった、「母親」「父親」以外のはじめての人間の面を私が知ることもある。

お父さんも、お母さんも、こんなこと考えていたんだ。

「元気?」「ありがとう」「最近どう?」
なんて事はない会話だけど、今までそれこそが足りなかったらしいことがわかる。

家庭に確かに存在していた、様々な重たい空気が、PCの画面と文字を通して一切消えてなくなる。素直に、答えられる。素直に、発信できる。

そのうち、るいネットのことを母に教えようと思う。
そうしたら、母はもっと私を知り、社会を知ることとなるだろう。

インターネットは、母と社会を繋げてくれた。私と、家も繋ぎ直してくれた。

お年寄り、主婦、学生、と社会
家庭、友人、男女、の間

今まで切れていたモノ、歪んでいたモノが真っ直ぐ繋がっていく。
そして、その繋がりが「社会」そのものになっていくのが、目に見えてわかる。

それは、本当に新しい可能性だと、最近しみじみ実感しています。