> 全人口を、年少人口(~14才)・生産年齢人口(15~64才)・老年人口(65才~)にわけ、生産年齢人口が老年人口を支える前提で数字を算出しているのだが、これは実態を表すものではない。(99790)

高齢化社会の問題を考える上で、最も違和感を覚えるのは、「60歳(~65歳)までは現役=生産に携わる労働者、それ以降は引退=高齢者・・・→したがって福祉や年金が必要」という固定観念だ。一般企業の定年退職と年金の支給開始がそこから始まるという制度的な問題から、いまだにそう言われているわけだが、考えてみれば、そうした年齢区分に根拠はない。しかも、実態にそぐわない。

> 厚生省の数値に拠れば、65歳の高齢者がその後自立して生活出来る期間は男が16.5年、女が18.3年。ケアを受ける期間が男が1.6年、女が2.7年となっている。(65887)

つまり、65歳で引退したとしても、あと15年以上は、体も頭も働かせることができる。
また、東京都産業労働局が50代にアンケートを行ったところ、定年後も働き続けたいという人が80%以上を占めたそうだ。

「定年後は悠々自適」という発想も今や旧い。こうした発想は、仕事=苦役(嫌なもの、逃れたいもの)という心情に基づいており、序列絶対・私権絶対の時代の産物である。(98928 定年・年金制度は奴隷の補償制度)
今や、若者だけでなく全世代とも、趣味や遊びよりも、やりがいや社会参加(≒仕事)を求めている。それが主流ではないかと思う。

しかし現状、高齢者の社会的役割がなかなか見つからないというのも事実。

そう考えると、壁になっているのは制度であり、その背後にある固定観念、「人権」「福祉」といった旧観念である。高齢化社会の本質問題は、高齢者が増え続けることにあるのではなく、旧観念が出口を塞いでいることにある。





岩井裕介