>有閑層のこのある種、悟りに近い(憑き物がとれたような)感性や感覚の知的好奇心やそれから派生する達観視は、営利活動から開放された中で生まれてくるのかもしれません。

 私もシニア層へは、ある種の可能性を感じています。
シニア層には、私権社会を旺盛な活力で生き抜き、高度経済成長の歯車を自ら廻し続けてきた人達が大勢います。そして彼らは、このフレームから開放されることで、末期的な市場社会の行く末を今度は外から冷静に見ています。現代社会の矛盾が現役世代以上に見えているような気がします。(なぜなら、現役世代は時として、この矛盾を捨象せざるを得ない局面に遭遇しますが、シニア世代にその必要はないからです。)
 そして、瀕死の社会を見るにつけ、自分たちが失い、あるいは破壊してきたコミュニティや家族、自然、文化などの再生に力を注いでいるようにも見えます。

 シニア世代の社会貢献や地域活動が活性化しているのにはこのような背景があるのではないでしょうか?
 そして、このようなシニア層がネットにおいて、私権社会の誤りや教訓を次世代に語ることは、新しい社会ヴィジョン構築のためにも不可欠なのではと思います。若者が感覚的に私権システムを否定するのに対して、シニア世代は経験的に時代の過ちと継承すべきものを説明できるはずです。




星埜洋