都合の悪い現実を捨象したり又ありのままの現実すらも否定対象としか対象化出来なくなった現代人の中の一人がいる、いやいた、いやその現在形と過去形の中途半端な存在、それが私自身であると痛切に思う。(21090の読了後感じたこと、以下も参照させていただいた事多々)

 自分自身も従来は、社会現象・事実をまず自ら進んで捉え考えることはせずに、マスコミや所謂有識者の見解をまるで、オブラートにくるんでありがたく飲み込み、さも判ったような気になって生きてきた。

 周りの人々と特定の現象・事実に関して語る時も、無意識に自分に貼り付いている既成観念の鎧をまといながら借り物の言葉を発していた。その内、その姿勢を続けてもなんら前向きな解決方法、考え方に到達しない事に遅まきながら気が付いた。

何故なら既成観念を膨張・育成させて来た物は冒頭に記した様な「倒錯思考」であり現実を構成する最も重要な下部意識を全うに対象化出来ない代物=難しい学術用語が満載されたラベルだけは立派な実効のない薬みたいな物なので、それを基調とする議論に現実の問題点を解決することが不可能なのは、明白だから。
 
 では、どうしたら良いのか?それは時により、あるいは場面により苦しく困難で辛いかもしれぬが、まず私=自分自身を構成している上部意識(=既成観念)と下部意識(=本能回路・共認回路が形成している潜在思念)を意図的に切り離しよく検証することから実行してみる。     

 ある現象・事実に関してまず自分の下部意識で自己と向き合い考えそして他の人々はどう考え行動しているか、そこから始めてみる、欺瞞やすり替えが無いかも勿論点検し、そして「良し」と思えたらその内容を的確に理解され易い「言葉」にし、もっと多くの他の人々にもその「言葉」を伝播させてみる。その瞬間、同時に自分自身のその分野の過去の上部意識は自らの手により新しく現実との整合性を持った上部意識へと置換されると考える。

 これが自ら出来れば自分=他の人々=現実を覆う全面閉塞状態を、その内部より着実に打破できるのではと考えている。まず自分自身の上部意識と下部意識との相克に着手し、良い方向へ改善していかねばならぬ。



田中令三