失われた社会システムの土壌で如何に活力を産み出すかは、やはり横と横の繋がりであり、連帯感でしょう。

 震災における人びとの助け合いは、美しかった。
 体育館でのダンボールを戸境にした人びとの一体感、あの光景は美しかった。日常生活では、マイホームが燐棟を区切っていたが、非日常生活(震災後)では、音も視線もつつぬけの薄いダンボールが、人びとの存在をより強調するものとなった。
 そして、各避難所で産まれた新たなコミュニティに生きがいをみつけ、その繋がりから脱却したくないという声も挙がった。

 あの、平面的で薄っぺらい仮設住居やダンボールハウスが彼らの認識を変えたのは間違いない。もちろんのことながら、社会システムとの断絶をもたらした震災がキッカケであったことは、言うまでもないが…。
重要なのはいま、何を核心に置くかということだと思います。
その核心にあたるものは、人の活力源泉である期待と応望ではないか。
それと、充足することの喜びを知っている事じゃないかな?とも思います。



田村飛鳥