同僚の技術社員の女性が田舎でスローな生活をしたいな~とポツリ。
理由を聞くと、1人で生活していると帰宅が遅く食事はコンビニで買って済ますことが多くなる時に感じる。又、食事を作ることが好きな反面、るいネットで食材は殺虫剤まみれとか、お味噌も発酵していないものばかりとわかったときに便利だけを追求して来た都会がおかしいと感じてしまうからかな~。

 もう一人の男性社員は、自然を感じることが殆ど無くなった。小さい頃に田舎で見たお月さまは大きくウサギが餅をついていたが、今は暗くて小さく存在自体を感じない。余りにも都会が明るくビルが高いからだね。
先の女性は40年位前の都内は水が多く蛙が泣いていて都会も田舎と同じだった。

 1950年辺りから高度経済成長に入り、照明が市中に普及して町が明るさを増すと共に自然が消えて行った。照明がない時代は京都の寺院が如く暗闇の世界。しっぽくの暗闇は、月を明るく大きくし、星明かりは地面を照らした。先人の作った「おぼろ月夜」の歌詞の表現の豊かさは暗闇が生んだのかも・・・。ネイティブインディアンは洞窟から外界を見た時に、地球が反射する光で照らされる新月の存在を認識していた。
 
 人類は400万年以上を洞窟という暗い世界で暮らしていた。150万年前に火を手に入れたが、松明を持ったとしても自然の暗闇には勝てない。

この暗闇を失ったことが本能に響いている気がする。化学製品漬け、薬漬け等は免疫系を壊し、暗闇を無くしたことは、脳回路の中の五感と本能の間の連動機能を壊されている気がする。

田舎暗しへの憧れは、ヒッピーから始まり、今は終の住処を田舎に求めている高齢者や都会を離れる若者が増えている。本能が作動しているからかもしれない。自然収束の根源には老若男女を問わず、暗闇との一体感の消失があるように思う。

脳の実現論を洞窟(暗闇)の暮らしから追いかけてみる。



酒井俊弘