「ソーシャルイノベーション」と横文字にすると、何か新しいもの生み出すような感じがするが、よくよくその本質を考えてみると、日本ならではの美学、共同体的精神等、日本人が元々持っていた特質に原点回帰していくことではないかと思う。

例えば、京都市では、昔から町衆の力があり、お上に任せずに自分たちで決めていくという精神がある。そのような”得意わざ”がソーシャルイノベーションを生み出していく原点。

京都市ソーシャルイノベーション研究所の大室所長と京都市立芸大の鷲田学長の対談記事は、近代観念のパラダイムを脱し、原点に帰って、自分たちの言葉で考えていくことの可能性に気づかせてくれる。


>市長も「今までの大量生産・大量消費ではなく、自然と共生する。そういう日本ならではの美学、哲学が大事になっていく」と仰っていましたが、そのときに“めきき”、“たくみ”、 “こころみ”、“きわめ”、 “もてなし”、“しまつ”といった、京都市民の得意わざが鍵であると。

>「京都人にはこんなすごい感覚や能力がある。これが京都人の得意わざや」って、かつて持っていた自信をしっかり守ろう、あるいは育て続けようという確認をしたんです。それこそが、THE CITYの無形財産だから。


>市民参画って、昔の言い方でいえば町衆の力でしょう。大事なことはお上に委さずに自分たちで決めていくという精神。それこそ、リベラルな都市力の根幹なんです。

>「“伝統と革新”という言葉は使うまい」というのも決めていたんです。伝統と革新、対立するものの共存が京都の底力だと、戦後ずっと言いつづけてきたけれど、実際は何にも変わらなかった。それよりも京都弁でずっと言われてきた言葉で表現することにしました。

>革新と伝統とか、あるいは経済と社会とか、私たちは二項対立で考えがちですよね。でも、本当に大切なのは「いかに統合した視点を持つのか」ということ
<リンクより引用>



雪竹恭一