最近読んだ本の中から引用させてもらいます。

以下引用~~~~~~~~

 地域のむずかしさは特異性にある。それぞれに違っているから、一般論がやりにくい。
ところが現代社会は一般論で成り立っている。たとえば一億総活躍がいい例であろう。みんなが活躍すればいい。それはいいけれど、それぞれがどう活躍すればいいのか、各論に入った途端に、話がバラバラになってしまう。

 現代社会では、経済が重視される。その根本にも、実例と一般論の分離がある。経済なら、万事をお金に換算すればいい。これはわかりやすい。お金とはまさに一般論の典型なのである。数字は一般論の性質を持つからである。

中略~~~~~~
なぜ一般論が優越するのか。その理由は明白である。そうするほうが実は人間にとって楽だからである。人は易きにつくもので、現代社会の「楽」は一般化にあると思っている。楽をするとどこかで元を取られる。しっぺ返しが来ることになる。それはいわないことになっている。楽が出来なくなるからである。

中略~~~~~~

 現代社会は合理的で、便利で、豊かである。じゃあ人々は幸せかというと、なんだか不幸らしい。なにより子供が増えない。こんな状況では、子供なんて、産んでいられないよ。
子供だって将来にわたって幸福な人生を送るとは思えない。別にそれほど気持ちが暗くなっているわけではないが、気分の基底は明よりも暗らしい。
 それなのに社会がこうなるということについては、どこか基本的に問題があるはずである。そういうときには常識を疑うしかない。本当に社会は合理的、効率的、経済的でいいのか。それだけを考えて、他の可能性は考えない。それは楽をしていることになる。まったく違う面なんて、考えたくないという態度だからである。それは意識的思考において、安きについていることになる。

引用終わり。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 養老孟子氏の「半分生きて半分死んでいる」PHP新書から。氏の言葉の「楽」は、言い方を変えれば思考停止のことだと思う。何事も一般化して本質を消してわかりやすくする。もうこういう効率化をやめるべきだというのが氏の考えで、うなずけるものがありました。


高橋克己