2014年10月

小地域福祉

>しかし、地域コミュニティを再生させようとの取り組みが各地で試みられています。今のところ、その担い手は退職者の方や主婦層が中心のようですが、この活動が根付き拡がっていけば、「見えない障壁」も徐々にでしょうが取り払われると思います。

上記の部分で私にも意見があります。
今、小学校や中学校の空き教室の数が増えていっています。
知らないうちに非行少年少女たちのスペースとなっている場合もわずかではありますがあります。
じゃあ、どうしたらいいのか?
空き教室をその地域に住んでいる老壮年・主婦の方々を対象にして、公開講座生涯学習を行えばいいと思います。
そうすることによって、児童や生徒の「顔」をおぼえ、また大人は児童や生徒の「顔」をおぼえることができ、地元で悪さをしている非行少年少女たちに対して、学校での交流のなかで、「叱る」ことができるように思います。また、障害をもった児童や生徒のインテグレーション(合同教育)を行う学校側の「ゆとり」もできてくると思います。
教室を開放することによって得られるメリットは他にも不登校の子どもを少なくできる可能性もありますし、実際に経験している大人たちの「社会とは、社会に出るということは」などの話しや実践を見てもらえるようになると思います。今まであった教師の負担も、社会人も仲間に引き入れることによって共同体ができ、少しは楽になって、本業の教育に力をいれられるようになるし、力を入れなければ淘汰されると思います。学校ごとの小さな地域社会・地域教育もこの共同体で可能かと思いますがいかがでしょう。



恩田真人

快適な寝たきり生活って?

若者の投稿を読んで、感じたことを・・。

福祉に興味を持ち「福祉の街づくり」をテーマに一生懸命勉強をし、そして、いざ現実の福祉を目の当たりにした時のその失望感。「偽善」でしかない現実。なんだか年長者としてとっても責任を感じてしまいました。

この年齢になってくると、周りにも脳梗塞で半身不随になってしまった人やパーキンソン病にかかって闘病生活をおくっている人も増えてきます。みな、倒れるまではバリバリ働いていた大人達。それなりの豊かな生活を送っているのです。
でも、障害者手帳を獲得すると、様々な物的援助があるので、せっかくもらえるんだからといって、家を改築して広いベッドルームに市より支給されたベッドを置き、快適な我が家での寝たきり生活。
そして、どこでも駐車できる証明書を支給されるので、駐車違反で罰せられる事は無い。どこに行くにも車で気楽に行けるものだから、旅行に食事にと結構豊かな暮らしを送っています。それは、本人の希望2割・家族の希望8割との事です。そして、驚いたことにそれを家族皆が利用しているようです。はっきりとは仰いませんでしたが・・・
それを聞いたとき、「なんか変だな?」と、思いました。

ここでのべられているように、「福祉」は、実生活においては全くの「物理的援助による市場拡大」に過ぎないものになってしまっているという現実。

本来「福祉」って人を生き生きさせるものではないのでしょうか?
快適な「寝たきり生活」って、どうなんでしょうか?




松本妙子

おじいちゃん、おばあちゃん。

>おじいちゃん、おばあちゃんが活躍できる場があれば、どんなに素晴らしいことでしょう。

いいですねえ。おじいちゃん、おばあちゃんが活躍できる場。ほんとに有ったらいいと思います。 今の世の中若者がもてはやされすぎて、お年寄りが小さくなっているように思います。いろいろと機械化されてついていけないというのも大きな理由だとは思いますが、それにしても存在感がもっと有っていいと思います。というか、我々も含めてですが、子供や若者はもっとお年寄りに聞く姿勢を持つべきではないですか?
お金では買えない多くの知識や、豊富な経験からくる「お話」、アドバイス。きっとそれらは今の社会を構成する要素としても必要なものなのだと思います。



匿名希望

老人の元気になる薬。

客観的に子供を見つめることは必要だと思います。

>もし親以外に常に周囲に誰かがいれば、ちょっとした子供の変化に気付き、助言も出来るし、様々な視点から子供に期待をかけることも出来ます。やはり子育ては親だけでなく、集団で取り組むべき課題ですね。<

以前、TV放映を見たのですが。
老人ホームへ定期的に幼稚園児が訪れ、一緒に過ごす様子をを見ました。
日頃頑固なおじいさんも、頑なに殻にこもって心を開けなかったおばあさんも、次第に子供たちと遊び歌いだします、その様子は全く年齢差がない、歳をとると子供に戻ると言いますが、みんな同じ目線で交流している。
少しボケが入ってきているおじいさんが我儘を言っても、子供の方がいいよと我儘を許す優しい心がありました。
そして、その交流がなによりも老人の元気になる薬だそうです。

大家族では、大人→子供→老人→大人へと関係の流れがありますが、核家族になると、大人→子供への一方通行しか生じません、老・壮・若・少・幼・多年代集団の中で育つことは子供にとってとても大切な勉強だと思います。
言葉や文字のみでこうするべきだ、こうあるべきだと言う教えでなく体験して見て考えて、大人にとっても子供にとっても、正邪の判断が出来る教育が自然に身につくと思います。



浦野てる代

私的な仕事時間、公的な自由時間という矛盾

田中康夫の発言です。

「定年を迎えた官僚たちに私はこう申し上げた。あなたたちはこれまで公の立場にありながら自己の保身にあけくれる私的な生活を生きてきた。これからの退職生活は私的な時間だから皆さん公的に使って下さい。私的なことしかできない公的官僚組織から自由になってこれからはNPOでもなんでも自由に公的な活動を行って下さい。それが皆さんへの期待だし、皆さんもそれがしたいことでしょう。そうやって田中康夫の改革を支援してくれ」

仕事時間こそ私的であり、自由時間こそ公的な時間であるとは、彼らしいユーモアともいえるし官僚制度の限界を指摘した本質的発言でもあります。

企業戦士や現役官僚にも現在の制度からの脱出願望はあるでしょう。オンブズマンへの現役官僚からの内部報告者も後を絶ちません。そんな彼らが本当に普通に参加できるまつりの場の仕掛けが必要なのだと思います。



山澤貴志
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