2015年02月

小さな活力還元サイクルを感じて

 私の母は現在、70歳を越えていますが元気です。飽きっぽく旅行好きでしたが、その母が60歳を越えた頃、歩いて一時間くらいはかかる遠くの大きな病院までほぼ毎日、通っていました。

 病気だったわけではありません。病院に来院された高齢者に対してボランテァを有志でしていたのです。

 勝手の分からないお年寄りがたくさん訪れるので、検査室や様々な診療科、薬局やトイレなどに一人一人案内、介助するのですが、待合の時間には不安を抱える高齢者の良き話し相手になっていたみたいです。

 もともと病院が「怖く、大嫌い」と言っていた母だし、昭和一桁生まれのお金にはけっこう細かい性格なのでボランティアをするなんて家族は全く予想外でした。「どうせ直ぐ飽きるだろう」と思っていましたが、私が帰省する度に病院でのボランティアの話をずっと、聞かされました。病院まで遠いし世間では院内感染というのも問題になっていたので心配だったのですが毎回、楽しそうにボランティアの話をする母を観て「母さん自身も高齢者だし、もう辞めたほうがいいよ」とは言えませんでした。

 何がそんなに楽しいのか?母からいろいろ聞いたことがあります。まず、やりがいがある。それは「お金では買えない」と言い切るのです。見知らぬ人の役に立っているという実感。そして見知らぬ高齢者の間に「お大事にね」「お元気でね」「負けたらあかんよ」という言葉に「有難う、おおきに、おおきに」と感謝されることが何よりうれしいと言う。

 大病院はいつも込み合い、その待ち時間は長い。その時間にも互いに寄り添いながら大きな不安のために無口になっているお年寄りに、時には昔の大病にも負けず今はこんなに元気になっている自分の経験を話したりして、不安を和らげてあげることがボランティア仲間同士で交わしている一番の目的だと言っていました。少しでも力を授けることができて表情が明るくなるのを感じた時が何より一番嬉しいと言っていました。

 家族でもなんでもない自分、医者でも看護婦でもない高齢になった自分でも、たくさんの人の役に立てることが何より母の活力源になっていたと思います。そして、その活力がまたたくさんの人の生きる活力に還元されていく…。

 昔の村落共同体の中にはこんな活力還元のサイクルが生産や消費の場でも子供からお年寄りまで機能していたのではないかと思いました。

 今でも高齢者だからこそできる役割が病院に限らずもっともっとあるはずです。高齢化社会では社会全体の活力は高齢者の活力でもありますからもっとそんな場と役割を社会全体で設けていく必要があると思いました。






神家佳秀

高齢者の役割~ある老人福祉施設の事例~

私が数年前、実習でお世話になった、老人福祉施設での事例です。

この施設はデイサービス(週に何日か通ってきて、入浴やレクレーション等を行う)と特別養護老人ホーム(そこの住む形態)を合わせたもので、どちらも要介護認定を受けた人が利用しているため、車イスを利用している人が多くいました。
私は5日間のうち、最初の3日間をデイサービス、残り2日間を特養で過ごしました。

デイサービスでは、食事の配膳、レクレーションの準備、洗濯物をたたむ等、できることは高齢者達がやるという役割が存在していました。そのためか、どこかしら体に不自由なところを抱えてはいても、痴呆が進んでいる人は見られませんでした。

しかし、普段はデイサービスに来ているおばあちゃんが、家庭の事情でしばらく特養に入ることとなり、実習3日目の夜から特養へと移って行きました。
実習4日目の朝、初めて特養へ行き、昨日までデイサービスで一緒だったそのおばあちゃんに話しかけ、衝撃を受けました。
「どなたさん?」
デイサービスの時は、3日間、いろいろな話をし、朝くれば、「今日もよく来たね」。帰り際には「また明日ね」。歩く時に杖は使っていたけど、しっかりとしたおばあちゃんでした。それが特養にきて1日も経たないうちに痴呆が始まったのです。

最初は、その変化を受け入れられませんでしたが、特養で2日間過ごすうちに、なぜそうなったのかがわかりました。

「役割不全」

特養では、上げ膳据え膳で、すべて職員が行い、高齢者がみんなのためにすべき役割はありません。その方が、仕事を行う上で都合がいいし、第一、あの場は、「高齢者は介護されるべき存在であり、介護とはすべてを職員がやってあげること」という認識で動いているからです。

私も、これを経験するまでは、高齢者に対して、「今まで人のために頑張ってきたんだから、これからは自分のためにやってほしい」「年老いてまで、人のために働かなくでもいいじゃないか」と思っていました。
しかし、そうなった途端、役割不全へと陥ってしまう。それは、高齢者ではない人が、自分発で言っていることにすぎないからです。

自分の両親ももうすぐ60歳になりますが、子育て・仕事から離れた時、また別の役割を見つけられる=高齢者へ期待する社会を作っていくことが、今の福祉事業なんかより大切なんだと思います。
そのためには、まず、「高齢者にも役割が必要」という考えをみんなで共認すること。そして、高齢者が活躍できる場を作るだけでなく、きちんとした評価を与えること。
そうすれば、当事者意識のない人々が一方的に与えるだけの年金や福祉は要らなくなるのではと思います





樫村志穂美

誰もが活力のある生き方を望んでいる。

>「昔はおじいさんになっても、おばあさんになっても働いていたということを聞いてとても驚きました。でもホッとしました。云々」

>子供が感じたホッとしたという感覚は、高齢者が何の役割もなく生きていることへの違和感、あるいは高齢者でも働いていた方がいいという感覚を子供も持っていることの現われだと思いました。
(85608)

以前、近所の80歳の農家のおじいさんから法蓮草を仕入れていた事がありました。当時は、発注量も多く、商品化に対する注文も多くて、かなり無理なお願いをしていたのかなぁ・・・と思っていました。
そのおじいさんが、突然、体調を崩し、数日後に亡くなって、お葬式に出させていただいたのですが、その時、おばあさんや家族の方から、
”本当にありがとう。いつも注文をもらって、嬉しそうに畑に出て行って、仕事をしていた。だから、長生きできたし、苦しまずに逝けたんですよ。”という話をしていただきました。
田舎の農家では、80歳になっても90歳になっても元気に仕事をしている人が多いし、畑で野良仕事をしながら亡くなる、或いは、ちょっと体調が悪いと言って休んでそのまま数日で亡くなる、ということが多いです。
葬式の時、家族や周囲の人達は、そんなお年よりに対して”亡くなったのは寂しく悲しいけれど、天寿を全うした、大往生だった。”と言って安心して見送っておられます。

また、これとは全く逆の経験もあります。
80歳になろうとするおじいさんと畑で話していた時”今年は茄子を300本植えて、胡瓜も500本植えるぞ~!”と言うので”もうトシなんやから、無理せんと100本ずつだけ植えとき。去年も失敗したやろ!!”
その前の年も同じような本数を植えて、手が回らず、ほったらかしになっていたのを知っていたので気を使ったつもりで言ってしまいました。
その時は”う~ん”という返事だったのですが、後から周りの人から聞くと、その後1時間ぐらい畑の隅にへたり込んで、”もう年なんかな~”とうなだれていたそうです。
今でも申し訳ないことを言ってしまったなぁ~、と思っています。

高齢者・・・田舎で生活し、農業をやっていると本当に感じるのですが、活力を持って農業や農地、地域社会を維持し、築いてきた人達、いろんな知恵や経験を持っている人達、だと思います。
感謝すべき事、教えて頂ける事、つまり、期待する事はたくさんあると思います。
また、親や大人が子供達や若者に期待する事=”充実した、活力のある人生を生きて欲しい”という願いは、高齢者に対しても同じだと思います。
現代の福祉が標榜する”特に期待される事が無く、自分のやりたい事だけをやっていられる生活”は決して高齢者の望む姿ではない。
前述した後者の例と同じように活力を奪う犯罪行為のようなものです。

子供や若者から老人まで、みんな、ちゃんとした課題や役割を担い、一生懸命期待に応えようとする事でしか、活力のある生き方はできないのだと思います。




丸一浩

可能性基盤は老人たちが握っている

>日本の社会は、いつも若者を意識して動いている。若くて健康であることにこれほど価値をおいた時代はなかったのではないでしょうか?その逆に、円熟とか老成といった点は殆ど省みられることがなくなってしまいました。(29959)

確かにそうだと思います。戦中戦後というとてつもない生存圧力が働いていた時代に生き、私権時代・私権社会に闘ってきた高齢者たち。でも、彼等が必死に頑張ってきた私権時代は終わってしまい、共認原理で動く時代になっています。
更にネットワーク化やメディアの発達によって、あまり信憑性の無いものもありますが、新しい膨大なデーターというものが、老人たちの円熟した知恵を社会から追い出しているようでもあります。昔ならこの町のことなら○○のおばあちゃんに聞けば何でもわかる、といったところが、今ではインターネット等で簡単に調べることができます。
今の社会は物的に豊かになればなるほど、便利になればなるほど、老人たちの輝きを失わせている気がします。
その結果、おじいちゃん・おばあちゃんは、更にはその予備軍である団塊の世代の人たちは、ただのうるさくて自慢話をするだけの人に成り下がってしまい、社会から爪弾きされてしまうような風潮が形成されてしまったのです。そして老人たちは役割を見出せないでいます。

自慢話をしたりする裏側にあるのは、過渡期である今の時代に付いて行けないのではという存在不安なのです。その存在不安を打ち破り、意識的にみんなの期待に応えることが出来れば、老人の役割はいくらでも創造できるはずです。老人たちにも出来ることはいくらでもあります。公務員の事務、大工や農業といった匠の技の継承、子育てを含めた教育全般。挙げればいくらでも出てくると思います。役割があるのになぜ輝きを取り戻せないのか。

それは彼らの持っている古い観念では、存在不安を打ち破ることが出来ないから。

>これからの社会において、高齢者に求められる役割を考える前に、高齢者が構造認識得ることが必要だと思うのです。
そのために、「労働者」としての役割を卒業したあとに社会に出るために必要なことを学ぶ学校が要るのではないか?と思います。(85140)

私権に固まってる会社から抜け出した時だからこそ、新しい認識を吸収し、真の社会構成員になれる土台があると思うのです。
構造認識を得ることは、供給者になることも意味しています。

>社会を対象化し、みんな不全を対象化すること、そこからみんな期待の課題に応望すること。そのためには、政策・法令・専業組織構造の犯罪性を認識する学習こと。認識仲間を募り「自分たちで社会を変える事業」を起こそう認識できれば、現在の社会不全の解決の糸口は見えてくる。それは共同体の再生であるし、みんな期待の事業=統業の当事者になることで元気になれる。(77793)

元気がないのは若者だけではない。むしろかつては輝きを放っていた老人たちの方が、もっと深刻な気がします。そして彼らの活力が再生されればそれに続く若い人たちにも、可能性を開くことが出来ると思います。

だから、もっともっとなんで屋露店等に年配の方々が来て、構造認識を得てもらえれば、社会の活力も再生できます。さらに円熟した知恵を加えて新しい認識をつむいでいくことが出来ると思います。露店は若い人や中年の方々はよく来てくれていますが、そこに年配の方々が加われば、それこそ新しい共同体社会の形成基盤になると思います。





匿名希望

習得・熟練・継承

高齢者の役割ってなんだろう?
というか高齢者にとっての課題ってなんだろう?

役割って課題があってこそ意味があるのだけれども、高齢者に体を酷使するような仕事をさせるわけにはいかない。
そうすると高齢者にとっての課題って継承なのかもしれない。

生まれてから死ぬまで人間はたくさんの人間に出会い、その都度対人関係におけるバランス感覚を習得し、熟練させていくのだと思う。その次のステップとして継承を考えてみると、継承できる事柄のバリエーションから言ったら、老人は継承のプロと言えるのだろうか?

時代が移って生活様式が変わっても、人と人の関わり方はそう根本的には変わらないと思う。
だから継承したコミュニケーションの知恵を若い世代が使って元気になるのを見て、自分が元気になるという期待・応合関係って十分ありえると思う。

このような観点のもと、社会全体の課題としては高齢者を対人関係コンサルの人材としてきちんと認識することなんだと思う。






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