2015年04月

現在の施策・理念のほとんどが市場社会からの脱却ができていない。

「ノーマライゼーション(リンク」「介護保険制度(リンク」「年金(リンク」etc…

現在の施策・理念のほとんどが市場社会からの脱却ができていないんじゃないの?それで、そのツケはすべて国家へ押し付けて、根本解決には至らないし、借金は膨らんでいくばかり。

そろそろ真剣に、共同体の再生(市場社会を超越した)を思索しないと、大変な事になりそうです。  


ゲン 

おっちゃんとおばちゃんの会話

このまえ近所の人と食事しながら話してました。
そこでの会話。

おっちゃん「僕、定年になってしごとやめたらやりたいことあんねん」
おばちゃん「何やのそれ。初めて聞いたわ」
おっちゃん「僕、仕事定年なったら、○○公園のごみひろいしたいねん」

なぜか一同爆笑。。。
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供給主体への転換が問われる団塊世代

79426 「需要発から供給発へ」山澤氏
>こうした答えられるようになる=供給者になることが現在の「最も大きな活力源」という構造は、なにも「なんでや」に限ったことではない。今若者が仕事選びにおける選択基準は「給料や余暇をいくらもらえるか=需要主体になれるか」でなく「仕事のやりがい=供給主体としての充足」にあるし、そうした欠乏はこれまでは単なる消費主体としてしか見なされてこなかった、高齢者や障害者の欠乏としても見て取れる。

 今後の日本社会において、上記の需要主体あるいは供給主体となるかを強く問われているのはこれから定年を向かえる「団塊世代」だといえます。この約800~1000万人の世代はその成長過程において社会的価値観や社会インフラ(制度、規範)に大きな影響を与え続けてきたといえます。
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関係パラダイムの逆転が実感できるか?

>実際、企業でも、自分からみんなへと転換できない人、新認識を吸収できない人は、何の役にも立てなく(役割はなく)なっていくと思います。
このままでは、「50代は、頭が古くて使えない」なんてことになるのかな? (101061「新認識を吸収しなければ、高齢者に役割はない」)

私の叔父は、定年退職後、ある会社の警備員として再就職していました。
現役時代は海運会社の重役だったので、定年後は悠悠自適の生活だろうと家族も思っていたのですが、自分でハローワークに行って、勝手に決めてきたので、随分反対されたそうです。
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会社には定年があるが、社会に定年は無い!

団塊の世代が一斉に定年退職を迎える2007年問題が話題となっている。
労働人口急減に伴うオフィスビル需要問題、技術伝承問題、あるいは退職金問題等がとりだたされているが、根底的には退職に際し社会的役割を突如喪失することによる活力衰弱問題と捉えることもできると思う。

しかし、そもそもサラリーマンにとっての“役割”とは何だろうか?

>市場社会化が進行し、「個人の自由」が絶対化されるようになる。すると、「個人」に対する妨害物として共同体は破壊される。あらゆる人々は生産基盤を持たない、自分の労働力を切り売りするしか生きることができない労働者、サラリーマンになった。(69561)
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