2015年06月

「世話焼きばっば」

高齢者の役割という視点で見た場合、昔の村落共同体の中に「世話焼きばっば」という高齢者の女性の役割があったようです。非常に狭い村落共同体の社会の中での彼女の役割は非常に重要で欠かせなかったことが伺えます。現代においても、このような高齢者の役割が必要であると感じている方も多いように思います。

民俗学者「忘れられた日本人」(宮本常一氏著)からの引用です。

「村の寄りあい」

P38~39
 その後旅行をするようになってから、こうした老人にしばしばあう機会を得た。と同時にそういう老人のはたしている役割の大きさをはっきり知るようになった。(中略)村の中にあってはやや安定した生活をしていて、物わかりのよい年よりが大てい世話焼きをしている。村の中にある何も彼もを実によく知っていて、たえず村の中の不幸なものに手をさしのべているのである。それも決して人の気付かぬところでそれをやっている。(中略)
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介護事業における「高齢者雇用」の可能性は?

154719 『コムスンを叩くだけでいいのか』2
>1】まず、老人たちの活力再生のための仕事=生産活動=社会活動が大至急必要なこと。
>2】共同性をもった集団を形成して行かなければならないこと
そして、
>3】そのような趣旨に基づいた新しい社会統合機構をつくり、法体系から全て見直すこと。

 『少子高齢化→要介護者増加+介護者減少→充分な介護サービスを提供できない(国、民間ともに)』という流れをどうやって解決すればいいのでしょうか。

 例えば、次のように置き換えられるのではないでしょうか。

①要介護者の減少
・高齢者が介護を必要としなくなるための予防。これは、医療では限界がある。「仕事(役割)がない→共認非充足→心身の統合不全→病気などの体調不良」だと思われます。※101665『病気は「社会統合不全」によって起きる』拙稿
・よって、定年退職し、何もやることがないという状況の改善こそがもっとも有効な「要介護者の減少」策だと思われます。
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高齢者=介護が必要って、ホント?

『高齢者=介護が必要』。
これが当たり前の感覚として存在する以上、
・今後、高齢者はどんどん増え続ける
・高齢者は介護を受けるのが当たり前という感覚を持っている
という現状から見ると、政府が給付しなければならない額は膨らんでいくのは誰が考えても当たり前の事実。

この現実を前にして、役人や政治家達は、
>ところが、参入業者の数が充実するにつれて、政府は給付を抑制し始め、業者の利益率も減っていった。(154631)
や、国民から税金をとってそれを財源に当てるという発想しかできない。

そうではなく、『どうしたら介護が必要な人を減らせるのか?』という視点がすごく大事なのだと今日みんなで話していて思った。
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江戸時代の教育(1)~教育水準は地球史上でも群を抜く高さ~

江戸時代の教育水準が高かったことが知られています。寺子屋がその教育水準の高さの理由ですが、その内容についても言及されており、興味深い社会システムです。この制度と現代の制度との差を考える上でも、参考になると思います。

「花のお江戸はボランティアで持つ」
リンク

以下引用です。

~前略~

 西洋が内なる戦争と外への植民地化に血道をあげていた頃、江戸日本は260年余の長い平和と繁栄の時代にあった。その差は教育水準に歴然とあらわれる。

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誰でも作り出せる活力源⇒圧力源

この地で、死ぬまで面倒をみようー。

10年先には確実に高齢者の仲間入りをする55歳以上の入院患者を、100人ほど抱える田舎の精神病院。医療制度の改正で、慢性期入院の保険点数は降下の一途をたどり、わずかに外来と急性期病棟が経営の屋台骨。そこの充実を図るのが今後の生き残りの道と誰もが認識している中で、「じゃあ、今いる高齢者予備軍の慢性期のひとたちはどうするの?」20年先を見越した経営戦略を考える時、避けては通れない課題に直面した。

国の施策は、あきらかに、彼らを精神病院ではなく、高齢者福祉施設に入れる方向を指し示しており、10年後は相当数がいなくなっている(死んでいる)ことを想定している。当然その路線に則った経営方針をとれば、大過なく経営を維持できるのだろう。

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