2016年08月

遺跡ブームは、なぜ?>永田さん

ご賛同いただきありがとうございます。今日は別の視点から投稿します。まずは三内丸山遺跡について少し。

 この遺跡は既に江戸時代から知られていたのですが、1992年、野球場建設に先立って発掘調査が行われたのがきっかけで、大発見につながったものです。日本では、毎年、9000から10000件に上る遺跡発掘が行われ(世界的にもまれな多さだとか)、マイナーなものは記録だけ残して破棄されているとのこと。三内丸山も始めは中の上程度のランクで青森県も保存など考えず、さっさと野球場の観覧席の基礎工事まで着手していたのです。  
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高齢化社会を考える

 少子化についていろいろな意見を見るにつけ、ではその対極ともいえる高齢化についてはどうなのだろうか考えてみました。人口については現状から予測することは可能ですが、今よりもさらに高齢化社会へ突き進んで行っていることは事実です。

 一般的にみれば、高齢者は働くことができない、そのくせ一人前の費用がかかる、病気にでもなれば膨大な医療費がかかる、しかも別の人間の手を煩わせることになり、あまり歓迎されない人のように思われています。

 その結果高齢者の面倒は社会全体としての課題ではなく、福祉の名のもとに国などに依存し、保護することで良しとする風潮があります。福祉といえば一見聞こえはよく、反対でもすれば人間失格のように思われてしまいます。

 しかし、高齢者から働く場を奪い、ただ日々安穏と過ごしてもらうことが、本当に正しいのでしょうか。日本人の活力が衰退していると言われています。社会全体の活力衰退の中で同じように高齢者の活力はそれ以上に衰退しているのが現状でしょう。
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ネットと現実の”場”は車の両輪>細田さん

細田さん、レスありがとうございました。遅くなり申し訳ありません。

>この閉塞状況の突破口は,個人主義観念の中で,55年間(日本では)解体されつづけてきた,共認の”場”を再生することではないかと私も考えます。

確かに55年間あるいは、明治以降の近代化の過程において「共認の”場”」は解体され、本来、その「場=共同体」が持っていた機能を国家制度に置き換えられていったのだと思います。

例えば「寺子屋→学校制度」「無尽講(相互金融)→銀行・信金」「大家族(3世代)→介護制度」「結い(相互労働)→機械化」「寄り合い→選挙制度」などが挙げられます。

現在、老人介護施設においてグループホーム(10人単位での共同生活)に代表されるコミュニティーの再生が試行されつつありますが、どうしてもそれまでの育ちも、文化も、職業も全く違う他人同士がうまく共同生活していくには多く壁があるようです(いったん失われた共認集団を人工的に再生するのは困難)。
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「私を守って」って必死なのかも

普段仲いい子たちで楽しく過ごしてる時やみんなで何かを成功させようと頑張ってる時、“男女同権”とか“個人主義”とかって、必要性も生じないし話題にさえ上らない。

じゃあどんな時にそれが必要かっていうと、“制度”で保障してくれないと信頼できないような社会(世界)へ参加する時と、“自分”を主張してないと置いてかれるような人間関係の時、なんじゃないでしょうか。

だから、就職活動では「“権利”は絶対条件」って考えてしまうし、社会では「“個人”を主張し続けなきゃ」って頑なになってしまうんじゃないかな、と。
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やりたいことが無ければ働いてはいけないのか?

1989 へんな起業のあり方
>このことは、現代の就職活動にもよく当てはまると思います。「やりたいこと」の前に「就職すること」が意識の中心にあるのです。本来、この仕事がやりたいと思って、この会社はどうかと探し始めるのですが、今の就職活動においては、そろそろ「就職」シーズンだからとどんな仕事がしたいかを考え始めるのです。
このようなおかしな状態を作り出したのは、どうしてでしょうか?

「このようなおかしな状況」、これって全くあるべき状態なのではないでしょうか。まず働かなきゃいけない、金を稼がなきゃいけないと思っているから就職活動をする、ひいては社会に働きに出る、全く正常なことと思います。
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