2016年10月

失われた土壌で・・

失われた社会システムの土壌で如何に活力を産み出すかは、やはり横と横の繋がりであり、連帯感でしょう。

 震災における人びとの助け合いは、美しかった。
 体育館でのダンボールを戸境にした人びとの一体感、あの光景は美しかった。日常生活では、マイホームが燐棟を区切っていたが、非日常生活(震災後)では、音も視線もつつぬけの薄いダンボールが、人びとの存在をより強調するものとなった。
 そして、各避難所で産まれた新たなコミュニティに生きがいをみつけ、その繋がりから脱却したくないという声も挙がった。

 あの、平面的で薄っぺらい仮設住居やダンボールハウスが彼らの認識を変えたのは間違いない。もちろんのことながら、社会システムとの断絶をもたらした震災がキッカケであったことは、言うまでもないが…。
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震災が突きつけた「認識」

こんにちは。吉岡さん、皆さん。

安藤忠雄という建築家がいます。異色の経歴の持ち主で、メディアへの露出度も高いので、ご存知の方も多いことと思います。

彼が阪神大震災後まもなくの時期に、「震災直後の混乱した現地で、水汲みや片付けなどに働く子供達は意外に生きいきとしていた。」と述べた上で、「子供が自らの役割を発見し、それを果たす喜びを感じていたためである」との分析をしていました。

震災による既存の社会システムの完全な切断の中で、子供達が「自らの果たすべき役割を感じ取り、それを遂行することで喜びを感じていた」との事実は大変考えさせられるものです。

なぜなら、この事実は、「おおよそ全ての社会システムがストップしている中でも、子供は自らの役割を(勝手に)発見し得る」という事を意味し、更には「そうであれば、震災で切断された『社会システムなるもの』の存在意義は(少なくとも『教育』という文脈において)どこに見出し得るのか?」という問いを導くからです。
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全面閉塞状態を如何に突破するか?⇒現時点での考察(具体的に私の場合)

 都合の悪い現実を捨象したり又ありのままの現実すらも否定対象としか対象化出来なくなった現代人の中の一人がいる、いやいた、いやその現在形と過去形の中途半端な存在、それが私自身であると痛切に思う。(21090の読了後感じたこと、以下も参照させていただいた事多々)

 自分自身も従来は、社会現象・事実をまず自ら進んで捉え考えることはせずに、マスコミや所謂有識者の見解をまるで、オブラートにくるんでありがたく飲み込み、さも判ったような気になって生きてきた。

 周りの人々と特定の現象・事実に関して語る時も、無意識に自分に貼り付いている既成観念の鎧をまといながら借り物の言葉を発していた。その内、その姿勢を続けてもなんら前向きな解決方法、考え方に到達しない事に遅まきながら気が付いた。

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生き甲斐(活き甲斐)

 生き甲斐では無いでしょうか。会社勤めをしていても、50過ぎで定年退職が訪れる。その後の20年をどう生きるか。何を目的に生きるか(活きるか)の問いかけに、自分なりの自分磨きを始めているのでは無いだろうか。

 会社に行けば、自分の仕事があり、自分を必要としてくれる人がいっぱい居る。しかし、ある日突然、誕生日が来たとたんに会社の規則と言うことで退職しなければならない。働く意欲も、働く体力も十分に有るのにである。第2の人生の生きる(活きる)目標を具体化できれば、社会変革の業務も豊富な経験を持って、また十分に楽しみながら参加できるのではないだろうか。

具体化する方法とは?
手法は様々有るだろうが、キーポイントは「その人を必要としてくれる人がいる」ではないだろうか。




吉松幸一郎

資本主義社会の末路を外から眺めるシニア層の可能性

>有閑層のこのある種、悟りに近い(憑き物がとれたような)感性や感覚の知的好奇心やそれから派生する達観視は、営利活動から開放された中で生まれてくるのかもしれません。

 私もシニア層へは、ある種の可能性を感じています。
シニア層には、私権社会を旺盛な活力で生き抜き、高度経済成長の歯車を自ら廻し続けてきた人達が大勢います。そして彼らは、このフレームから開放されることで、末期的な市場社会の行く末を今度は外から冷静に見ています。現代社会の矛盾が現役世代以上に見えているような気がします。(なぜなら、現役世代は時として、この矛盾を捨象せざるを得ない局面に遭遇しますが、シニア世代にその必要はないからです。)
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