2016年12月

始動を感じます。

わざわざ施設を造って世代を分断しているのは老人ホームのみでなく、幼稚園と保育所も住民や子供達は全く一緒にしても問題ないと思っているのに、 国は別組織であるというこだわりを捨てきれないようです。
松本さんが、子供と高齢者が集える場(30039)で書かれているように、実際に試みを始めているところでは、老人は子供の世話をしたがり介助されるより介助したいと考えるようです。

子供や幼児と一緒に生活している老人は、子供達の様子を目を細め眺めていたり、痴呆症の進行にブレーキがかかったり、徐々に幼いころの記憶が返ってきて、忘れているはずの童謡を思い出し、子供に歌って聞かせたり介護する人が驚くほどです。
介護される老人が幼児の面倒(お話する、歌に合わせ踊る等)を見る役割をもち、老人の存在不安からの強い自我が隠れ、必要以上の甘えが抑えられ、期待に答えようとして頑張るようです。

子供達のほうも、相手の様子で分かるようにゆっくり話そうとしたり、労わることをおぼえていきます。
一番変わるのは、お互いに表情が穏やかになりニコニコ微笑が多くなること、向う方向が老人同士、子供同士でなく相互に触れ合いや、思いやりが生まれることです。
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「共食」の場が増えてきている。

東京都狛江市では、従来、独居高齢者に食事を届ける配食サービスに力を入れてきたが、2000年度から会食の機会づくりを増やしていこうという発想を転換してきた、高齢者が、一人で自宅で食べるよりも、外でだれかと一緒に食べられるようにボランティアグループの協力も得て会食の機会を増やしているとのこと。友人を誘って参加したり、食事がきっかけで新しい友人ができたり、おしゃれな装いも増え、参加者の元気度も増しているそうです。

また、東京都立川市の商店街にあるレストランなどでは、いつでも好きな時に立ち寄れ、長居をしても追い出されない環境で食事をしたりお茶を飲んだりしたい高齢者の要望に応じる場も出てきたそうです。はじめは各人が背中を向けて黙々と食事をしていたのに、いつの間にか初めての人ともテーブルを囲むようになってくるとのこと。

こういった、都市部に住む高齢者の「共食」の場は、自宅、友人宅、公民館、学校の空き教室などを利用して、近年、広がってきているようです。
高齢者が他の人と食事をともにするメリットとして、どのようなものがあるでしょうか。

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等身大の役割分担。

>役割がわからなくなっている社会、役割を与えきれない社会。
男女の軸と共に成長段階という軸においても役割は当然あるものだと思うし、全ての人に役割が与えられ役割を全うすることで充足する、それが真っ当な姿ではないかと思うと共に、今の社会はおかしいと改めて感じました。< 
 
5月5日の新聞に15歳未満の子供の数が21年連続減少を続けていることが掲載されていました。ますます、老人を支える若い人の負担が大きくなってきます。

自分が支える側から支えられる側へ立場が変わる年代に近づきつつあり、老人が増えるため年金や保険制度が破綻をきたすと、見直しを迫られ、社会の問題化していることに肩身の狭さを感じていました。

この連休実家に帰り、るいネットの話をしていると、80歳に近い母が働ける働かせてもらう姿勢でいれば、体が動く限りなんでも役に立つはずと、妹の主人が定年後職業訓練所で、大工さんの仕事に挑戦中であることを話してくれました。
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「協働の場」は「幼・少・青・壮・老」が集える場

  この会議室「幼・少・青・壮・老 」において「老人」に視点をおいた以下の投稿を興味深く読ませて頂きました。
>老人は人生経験を積み様々な知識と知恵も持っています。それを次の世代に伝えていくことは、老人の役割として大事なことだと思います。又孫の方も人の生き方の先の方まで体で感じとっていくことになるでしょう。
それは生きていく上で、一つの大きな指針になると思います。(MSG  29702 川田さん)

>やはり、第一線に立つ更なる老人はいくらでも目に入るのでは?高齢の政治家、社長、俳優、芸術家等々。大それたことを考えなくても、「老人」に甘んじる必要はないのであって、新たな技術の一つでも身につけたらどうかと思うし、過去の蓄積に更に積み上げをするのは若者より有利なのではないか。
(MSG 29925 小西さん)

 「子育て」において「協働の場」の必要性が問題になっています。この「協働の場」を考える時に、無意識のうちに「子供・母親・父親」だけを年頭においていることに、お二人の投稿を読んで気付かされました。日本の社会は、いつも若者を意識して動いている。若くて健康であることにこれほど価値をおいた時代はなかったのではないでしょうか?その逆に、円熟とか老成といった点は殆ど省みられることがなくなってしまいました。
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何もしていない人がいるという社会はおかしいのではないか?

今、男女の会議室で男の役割・女の役割という話題が取り上げられることがありますが、男女とは別に人の各成長段階という観点から考えても、集団・社会に属している限り、役割というのは必ずあると思うのです。ところが、今の社会には仕事をしたくてもできない人達や、旅行三昧の老人達など、社会の一員として機能しているようには見えない人達がたくさんいます。これはかなり異常なことなのではないだろうか?と、掲示板を読んでいてふと思いました。役割がわからなくなっている社会、役割を与えきれない社会。

男女の軸と共に成長段階という軸においても役割は当然あるものだと思うし、全ての人に役割が与えられ役割を全うすることで充足する、それが真っ当な姿ではないかと思うと共に、今の社会はおかしいと改めて感じました。



村上靖佳 
 
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