2020年05月

世界の構造の変化を読み、適応した者が強者となる

リンクより引用
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一昔前、「希望は戦争」という、興味深い記事を読んだ。

「戦時」は、弱者にとってはむしろ望ましい状態だとの、ラディカルな主張だ。

記事の中で著者は、底辺にとどまらざるを得ない屈辱的な社会では、多少死の危険が増しても「富者も平等に死ぬ」可能性がある、戦時のほうが望ましいとしている。

~中略~


前にも書いたが、「コロナウイルス禍」は間違いなく、現代の世界戦争だ。

大げさではない。
万人に死の危険が迫り、人権の制限が行われること。
民間の生産力を、戦争に転用すること。
「国民が一丸となった協力」により「勝利」を収めるといったプロパガンダ。
大本営発表と「空気を読まない人間」へのパッシング。

これが戦時と言わずしてなんなのだろう。

インフラの破壊こそないが、多くの人命が失われていることを考えれば、今は間違いなく「戦時」だ。ただ、今回の戦場は、南太平洋ではなく病院、闘う相手は人間でなくウイルスだが。

そして、実際にこうして「戦時」を体験してみると、冒頭の「希望は戦争」は、平和なときの意見だと言うことがよく分かる。実は「戦時」は、変化に対して脆弱な「弱者」にほどキツく、逆に、適応力の高い強者にはむしろ「大儲けできる」かもしれない機会だからだ。

■適応力が問われる「戦時」
ニトリが増収増益の宣言をする、というニュースを見た。

~中略~

こうした話は、適応力の高い人々の間では、当たり前の話になっており、「ああ、この機会をつかんで、飛躍する起業家/会社がかなり出るんだろうな」と、私は感じた。

実際「コロナで業績良くなった」とする会社は、あまり表には出てこないが、そこそこある。これは、100年以上前から全く変わっていない。

小学生の時に「戦争で大儲けした成金」の話を読んだが、大戦で、一夜にして1000億を稼いだ内田汽船の話は、今でも覚えている。

~中略~

ちなみに内田汽船で大成功した内田信也は、その後政界にも進出し、大臣を歴任、成功者の名をほしいままにする。

こうしたエピソードは、子供の頃には、全くピンとこなかったし、「戦争は儲かる」と教える大人もいなかった(当たり前だが)。

だが当時、戦争は確かに「儲かった」のがよく分かる。
戦争は誰の目にも見えるわかりやすい変化であり、変化を捉えれば莫大な成功を生む。

そして同時に「適応した強者」と「苦しむ庶民」を生み出す。

ただ、勘違いしないでいただきたいのは、
ここでいう「強者」は「適応力の高い存在」を指しており、決して単なる富裕層を指しているわけではない点だ。

変化の激しい時代にはたいてい、世界の構造が変化し、富の配分が変わる。
それを読み、かつ運を味方に付ける人が、成功を掴むのである。

■「リスクを取れる」のは強者の特権
そういう意味で、冒頭の「希望は戦争」は、気持ちとしては理解できるが、実際にはそうならない。

戦争で真っ先に犠牲になるのは「弱者」であり「まっとうに生きてきた庶民」である。
むしろリスクを積極的に取れる人々にとっては、戦争はチャンスでもあり、だからこそ、「戦争」は悲惨なのだ。

冒頭の記事を書いた赤木智弘氏は、「金を持った老人がコロナでお亡くなりになろうと、僕は痛くもかゆくもない。」し、「外出は自粛しない」と言った記事を、つい最近に書いていた。

~中略~

だが、「強者」は全く違うことを考えている。

実際、私の知人は言っていた。
「いままで、なかなかできなかったことが、今は次々に実現している。追い詰められればできるじゃない、って思う。これはチャンスだ」と。


コロナウイルスは「リーマンショック」と同様の、現代における「ブラック・スワン」だという言説をよく見かけるようになった。

そこで、最近ナシーム・ニコラス・タレブの「ブラック・スワン」を改めて読み直した。
タレブが著書の中で繰り返しているのは
「予測不可能な、大きなランダム性こそ、真に大きな影響を及ぼす」との主張だ。

そして、予測不可能な事態に適応するためには「見せかけの安定を追わず、損をすることを覚悟の上で、ものすごくたくさん試すしかない」と彼は言っている。

つまり「良い方のブラック・スワン=思いがけない大成功」を常に追いかけないといけない。適応力の高い人々はそれをわかっており、それを実践するからこそ、強者なのだ。

ところが普通の人々は「目の前の小さな安定」を求めた結果、ブラック・スワンが起きると吹き飛んでしまう。

~中略~

戦時さながらのコロナウイルス禍で、「未曾有のチャンス」を掴む一部のツワモノと、不安と貧困にさいなまれる多くの庶民。それが顕になっている現在は、確かに、悲惨なのかもしれない。

「熱意」は、言葉ではなく「異常な行動量」でしか伝わらない。

「熱意」は、言葉ではなく「異常な行動量」でしか伝わらない。
リンク)より転載

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(前略)

■熱意は思考量に転換され、思考量は行動量に反映される

(中略)

例えばデザイナー志望の実務未経験者が
「デザインの仕事に憧れていました」
「私が本当にやりたいのはこれだと思いました」
といくら言葉を尽くしても、職業訓練校の課題で作ったものしか作品がなかったら、残念ながら熱意は伝わってきません。
言葉だけならいくらでも熱意を演出できるからこそ、言葉だけで熱意に説得力を持たせるのは難しいのです。

 
その一方である日
「デザイナーになりたいけど今は作品がないので、作品を作って応募します」
というメッセージを見知らぬ学生からSNS上でもらいました。

約半年後、その学生から再び「作品が揃ったので面接を受けさせてもらえませんか」というメッセージを受け取りました。
添えられていたURLの中には、粗削りではあるものの、その学生なりに考えて作ったであろう10点以上の作品が並んでいました。
エントリーシートを見るまでも、面接をするまでもなく、その学生の熱意を十分に感じ取ることができました。

この例でも分かるように、熱意を伝えるというのはようするに行動量を示すということなのです。
熱意を数値で表すことはできませんが、熱意は思考量に転換され、思考量は行動量に反映されるものだと思います。

だから、実績も経験もなく、交渉の武器が熱意しかないのなら、言葉だけでなく、熱意が表面化した行動量を示すのが、もっとも効果的で分かりやすい方法だと思うわけです。

このような話をすると
「作品のようなものが作れない職業の場合どうすればいいのか」
という疑問を持つ方もいるでしょう。

例えば当社で募集している「マーケター」や「ディレクター」も、作品を用意しにくい職業であるように思えます。
しかし、求められているのは「行動量の多さを示すこと」なので、作品が作れないのなら、作品に代わる何かで行動量=熱意を示せばいいわけです。

(中略)

もちろんそれだけで採用されるほど世の中は甘くはないでしょうが、少なくとも「マーケティングに興味があります」と言葉だけで伝えるより、熱意ははるかに伝わりやすいはずです。

このように、言葉だけの熱意では相手の心が動かないというケースは、就職・転職に限らず、仕事の中でもしばしば見かけます。

ある企業で新規事業のスタートが決まった時
「このチャンスを私のキャリアを変えるきっかけにしたいです。是非私にやらせてください」
と、あるエンジニアが真っ先に手を上げました。

ただ、そのエンジニアのスキルはあまり高くなかったため、新規事業の責任者は
「開発が始まるまでに必要なスキルを身に付けてほしい。それが十分なら任せたい」
と条件を付けました。

結局、そのエンジニアがその新規事業に関わることはありませんでした。
なぜなら、期限までにこれといった勉強をしてこなかったためです。
世の中はどちらかというと控えめな人が多く、だからこそ率先して手を挙げる人は、比較的チャンスを掴みやすい傾向があるように思います。

(中略)

しかしながら、事業は遊びではありません。

仕事において、経験不足・実力不足の状態でチャンスを掴みたいなら、言葉ではなく行動量で熱意を示し
「未知数だが先行投資しよう」という相手の気持ちを促すしかないわけです。

■熱意は相対評価
それともう一つ、「熱意は相対評価される」という特性も覚えておきたいところです。
熱意は
「本当に感銘を受けました」
「すごくやりがいを感じています」
「私の人生の中でこんなに興味を持ったことはありません」
といったように、基本的に一人称で語られます。

しかし、ビジネスの中で熱意が評価されるためには、独りよがりの一人称の熱意ではなく
「他人と比べてどの程度の熱意なのか?」
という点が重要になってきます。

デザイナーの転職活動の例でいえば、自分の中では一生懸命がんばって作品を作りましたということではなく、他のデザイナーと比べて作品数が多いのか・少ないのかで熱意が評価される、ということです。

もし世の中の未経験デザイナーが、作品を1つも作ってこないのが通例なら、1つ作ってきただけで熱意があると判断されるでしょう。

しかし、多くの未経験デザイナーが3つくらい作ってくるのが普通だとすると、1~2では熱意がない、3つで普通、4~5つでやや熱意がある、という判断になるのではないでしょうか。

このように、熱意を評価されたいのであれば、自分の中だけの、独りよがりの基準で行動量を示すだけではなく、評価者の中にある平均値を上回る行動量を示す、という視点が必要になってきます。
といいつつも、多くの場合において「評価者の中にある平均値」を知る手段はないでしょう。

(中略)
では、平均値を知ることもできず、評価者も流動的な場合、どうやって目標とする行動量を決めればいいのでしょうか?

■「異常値」を目標として設定する
答えはシンプルで、そんな時は、誰が見ても圧倒的に平均値を超えているであろう「異常値」を目標として設定すればいいわけです。

(中略)

「熱意を感じる」という言葉は、仕事の中で頻繁に飛び交っており、しかも熱意を重視して意思決定されることも珍しくありません。
しかし、熱意は気温や体温のように計測することができません。
(中略)

では、何をもって人は熱意を認識しているのでしょうか?
その一番の基準になっているのが行動量であり、平均的な行動量を明らかに超えた異常な行動量が確認できると、「この人には熱意がある」と人は認識するのだと思います。

(中略)

熱意を伝えるというのは、平均的に、卒なく、無難に、皆と同じに、とはまったく逆の姿勢が要求される行為です。
もし、自分の熱意がなかなか認められないと思う時は、言葉だけではなく行動量をきちんと示せているか、その行動量は平均値ではなく異常値といえるものか、ということを振り返ってみるといいのではないでしょうか。
 

コロナ不安で脳がおかしくなるとどうなるのか

以下リンクより引用

●コロナ危機を好機に変える「楽観力」

新型コロナウイルスの感染が広がっている。大変な危機ではあるが、リスク対応の課題を脳の働きから見ると、それは危機であると同時に学習のチャンスであるとも言える。

今回のような事態があると、どのようなことが起こりうるのかということには不確実性がたくさんある。ある程度確実に予想できることもあれば、どうなるかわからないこともある。

不確実性を前提として、起こりうるさまざまな出来事に対して準備をしておくことが、緊急時対応計画(コンティンジェンシープラン)である。

いざというときの人員の配置計画、物資の輸送計画、予算措置、一人ひとりの役割分担、行動計画など、いろいろとシミュレーションして準備しておくことで、いざというときの安心安全につながっていく。

あらゆる可能性を網羅する計画を立て、準備をしておくこと、また、データや知見に基づいてさまざまな予想を行うことは、リスクの対策になるだけでなく、ビジネスの局面でも役に立つ。

例えば、市場の動向に応じて、商品やサービスの生産、供給の計画を立てたり、その際の人的資源の準備、展開を考えたりするような場合と、緊急時対応計画とは、脳の使い方が基本的に同じである。


●「正」の局面における脳の使い方にもつながっていく

新型コロナウイルスへの対応という、「負」の影響を避けるための脳のエクササイズは、その本質を見抜きさえすれば、転じて、より積極的にビジネスを展開し、生き方を創造していく、そのような「正」の局面における脳の使い方にもつながっていくのである。

十分な対応策を検討して準備しておくことは、心の平穏や前向きな気持ちをつくるうえでも役に立つ。

未知のリスクに直面したときに大切なのは、楽観的な見方を失わないことである。必要な対策を打つ一方で、いたずらに不安になったり、恐れたりすることがないようにする。そうしないと、脳がうまく働いてくれない。

脳は、さまざまな内分泌系や神経系を通して体のコンディションを整えたり、自分を治癒したりする能力を持つ。そのような働きは、不安に感じたり、ストレスを受けたりしているとうまく機能しなくなってしまう。

ブドウ糖のかたまりを薬だと言って与えると、脳がその気になって本当に効いてしまう「プラシーボ(偽薬)」の事例でもわかるように、脳は前向きの気持ちになったときにその自己調整能力を最大限に発揮できる。

考えられるいろいろな事態に備えて準備をすると安心につながり、前向きの気持ちを持つことができる。危機管理の鉄則は、最悪の事態を想定して準備する一方で、最善の結果になると楽観的な気持ちを持つこと。この発想は、危機対応だけでなく、ビジネス全般の現場で役立つことは言うまでもない。

ところで、サッカー、野球、大相撲などのスポーツや、旅行、イベントなどにも影響が出そうな状況。予定していたスケジュールがぽっかり空いてしまったという人もいるかもしれない。

そんなときは、「創造的休暇」の考え方も取り入れたい。アイザック・ニュートンが、当時流行していたペストを逃れての休暇中に、「万有引力」の発見やさまざまな天才的創造をしたという故事のように、空いた時間をうまく使えばクリエイティブになれる

現代においては「嫌な仕事はしない」は圧倒的に正しい。

リンクより引用
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新卒のとき、「嫌な仕事でも我慢して引き受けたほうが良い」というアドバイスを貰ったことがある。

「なぜですか?」と聞くと、その方は「社内の信用とスキルを得るため、嫌な仕事でも我慢して引き受けるべき。」といった。

その3年後。

私は別の方から、「私は嫌な仕事は絶対に引き受けない。」という、真逆の話をいただいた。

同じように「なぜですか?」と聞くと、「やりたくないことを無理やりやっても、パフォーマンスは出ない」といった。

さて、一体どちらの言い分が正しいのだろうか。
当時の私に結論を出すことはできなかった。
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思考が止まっていては話にならない!

非常事態宣言に伴い、息子の小学校のHPはぜんぜん更新されないし、メール連絡も来ないので、こちらから問い合わせをすることに。

すると、「まだ現場には、指示がきていないのです・・・」との回答。
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