2021年04月

自然の摂理に学ぶ、私たちの心の持ち方について考えてみた

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批判しているときって、自分は満たされていないんですね。押さえつけられた不満が感情爆発となって、考えるより叫ぶ・・・みたいな状態になります。
このことに気づいてから、どうやって自分の気持ちを「批判しない」方向へ持っていくのかをずっと模索してきました。(自分の心と対話しながら、批判せずとも気持ちが納得できて、怒りや正義感を他者にぶつけないと心が晴れないことから解放されて素直な本音でいられる方法ということです。)

それは、「本質を知るための努力」なのだと思います。知らなければ目の前に見える不都合な出来事に怒りを覚え、批判が生まれますが、知っていれば批判対象の根っこを見抜いて、自らは冷静な判断ができると思うからです。
その中で「自然の摂理」から見た、自然をデザインする要素から人間社会を読み解く、ということについて語ってみたいと思います。

■私たちが受け入れないといけない、自然の成り立ちが教えてくれるもの
「残酷」「弱肉強食」「利己性」といった、人間社会で弱い存在の方が批判するこれらの要素について、私も共感はしますが、「自立した思考」を持つためには、これらの要素を否定せずに受け止めないといけないと考えるようになりました。

そのうえで、生きていくための「自浄作用」や「利他性」といった、「幸せにつながる生き方」の要素について、深く考える必要があると思います。続きを読む

お金を払って仕事をする→社会を良くすることにお金を使う

>お金を払っても行きたくなる農場への可能性(365530

お金の使い方に意識変化が顕著に見られる。

>お金は、現実の必要度を測るモノサシ(33179)

>(31455)お金の使い方の変化に感じる可能性
お金は、人々の現実的な評価の証しなのでは?
その使われ方が変わるということこそ、人々の意識が現実に変わるということなのでは?<

「モノ」から「コト」への変化の時代と言われる。
豊かさを実現した以上、モノへの欠乏が衰弱し価値低下するのは必然。
それで、次は経験、体験、仕事などにお金の使い方が向き始めた。
ただし、その中身は「自分」の満足という価値だったりする。
新しいのは「社会を良くすることにお金を使う」若者層。
人の役に立つこと、喜んでもらうこと、社会を良くすること、、などが欠乏の中心=価値中心になったことを示している。
この意識転換はますます進み、BIが拍車をかけるかもしれない。
一方で欲しいものも無くなり、一定お金もあるので、対価はお金じゃなくてもよい(ポイントとか)、という状況に代わっていくかもしれない。

いくつか事例を探ってみた。続きを読む

持続可能な未来へつなぐ、象印マホービンの「毎日使えるものづくり」

持続可能な未来へつなぐ、象印マホービンの「毎日使えるものづくり」
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以下引用

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大阪府大阪市北区天満に本社を置く象印マホービン株式会社。

国内ガラス工業の中心地であったこの地で1918年から続く同社の歴史は、ガラス製魔法瓶の中びんを製造することからスタートした。以降現在に至るまで、優れた保温・保冷機能をもつ魔法瓶製造技術を応用したさまざまな製品を展開している。

なかでも、主力製品のひとつであるステンレスマグは、2015年にSDGsが採択されて以降、「脱プラ」の機運の高まりとともに、プラスティックごみの削減に貢献できるアイテムとして改めて関心が寄せられている。

しかし同社は、SDGs(持続可能な開発目標)の採択以前から「ものづくり」以外の領域でも資源を“未来へつなぐ”ための取り組みを続けてきた。

例えばマイボトルの黎明期だった06年から、全国のカフェなどと提携し、加盟店舗にボトルを持参すればを有償でコーヒーや紅茶など入れてもらえる「給茶スポット」のサーヴィスを支援している。また、11年からは「フジロックフェスティバル」に協賛し、マイボトルを持参した来場者の水分補給を無料でサポートしている。

このような取り組みは耳目を集めやすいが、先行してあるのは、やはり「ものづくり」への徹底したこだわりだ(毎日使いたくなるマイボトルをつくらないことには、ソフト面での取り組みが効果を発揮しないのは当然だ)。では、100年以上続く同社のものづくりは、現代のライフスタイルやユーザーの価値観に合わせてどのような進化を遂げているのだろうか。同社が展開するステンレスマグにおいてひとつの転換点となった、20年9月発売の「SM-ZA」の開発秘話からその変遷を探ってゆく。続きを読む

脱アート

■アートは無くなってしまえばいい。
アート思考を日々考えていくうちに、今注目されているビジネスとアートの関係を紐解く為には、その前に人や社会とアートの関係について踏まえておく必要があると考えました。唐突ですが、私は心の底でアートという概念がなくなってしまえば良いと思っています。表現することをやめるという意味ではありません。一般的に言われる西洋からもたらされたアートという概念自体に疑問を感じているという意味です。それは、人がいつしかアートと非アートを分けてしまったことに違和感を覚えたからです。

かつて世界にアートという概念は存在せず、人の営みの中に創造性や表現は内在され日常にあったはずです。人の表現は、宗教や権力構造に取り込まれ、経済の一部になっていく段階で本質的な人の営みであるアートと、資本主義経済の一部、または権力の象徴としてのアートに二分してしまったのではないか?前者のアートと資本主義に取り込まれたアートは人間の本質的を表すものであるのか?

資本主義に陰りが見え始め、ソーシャルメディアの発達を背景にヒエラルキーや所有することの優位性、大量生産大量消費の価値が崩壊していく中で、資本主義に取り込まれる前の本質的なアートへの回帰がはじまるのではないか?その先で、アートは社会に溶け込み、既存のアートに対する概念は消失するのではないか?それが本来あるべきアート以前のアーキタイプ(元型)ではないかと思うのです。

アーキタイプとは心理学者ユングが提唱した分析心理学の概念で集合的無意識の中で仮定される、無意識における力動の作用点であり、意識と自我に対し心的エネルギー介して作用する。(Wikipediaより引用:リンク
ユングの定義したアーキタイプとは多少異なる部分もあるかもしれませんが、人の記憶に刻み込まれた潜在的な心的要素が無意識の領域で結びつき生まれる妄想や夢の具現化をアート以前の領域として、その状況から作品を生み出す創作行為や、既存の社会的枠組みに囚われない内発的な表現行動を仮にアーキタイプと呼ぶことにします。

それがアートの原点回帰になるのではないか、本質的なアートはそこにあるのではないか?と思うのです。これからしばらくアートとアーキタイプについて思考を巡らせてみようと思います。
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日本企業に足りない「共感の経営」という発想

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イノベーション経営が注目されています。背景を教えてください。

紺野これだけ環境変化が激しい時代ですから、企業が従来の商品や事業だけで競争優位性を持続するのは難しくなっています。デジタル革新(DX)で新たな価値提供形態を模索したり、他社との協業関係で価値を実現したりするといった流れもある。こうした背景から、競争戦略からイノベーションに基づく経営に移っているんです。ところが多くの日本企業は、ビジネスの原理原則が変わったことに気づいていない。それゆえ、世界の熾烈なイノベーションで後れを取りがちになっているようです。経営効率の低さも指摘されています。

——なぜ日本企業はイノベーション経営へのシフトが遅れているのですか。

紺野ものづくりを大事にしすぎているからではないでしょうか。これまでの日本企業に多く見られた戦略は、優れたものの「機能的価値」の上にブランドやイメージなどの「意味的価値」をのせて付加価値を高めるというものでした。

しかし、この方程式はもう陳腐化しています。いま求められているのは、顧客や社会にとって本質的な「人間的価値」です。例えばコロナ禍でもそうでしたが、緊急性の高い人類の課題にどう対応するか。あるいは、人々のウェルビーイングをどう実現するか。そういった大きな目的を掲げて、そこに技術を活用して価値を生み出すことです。実際、世界には「人間の経営」を打ち出す企業が増えています。

そこで起点になるのが「共感」です。本質的な価値を生もうとするなら、人間そのものを理解しなければいけません。そのためには利他の心を持ち、相手の視点に立つ必要があります。日本企業に足りないのはそうした共感力ではないでしょうか。続きを読む
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